「ここ、一緒にいいですか?」 買い物帰り、手が冷えたので喫茶店に入ってお茶を嗜んでいたら声をかけられた。 普段は見ることのない、地獄の妖怪。 その妖怪ですら恐れ怯む少女、古明地さとりがそこに居た。 「……………どうぞ」 驚きながらも、相席を受け入れる。 外が寒いからだろうか、人もまばらな店内で何故わざわざ私のところへ来たのだろうか。 「あなたとは一度、お話をしたいと思っていましたので。  ここに来たのは偶然ですけどね」 そうだ、彼女は心が読めるんだった。 厄介な相手に出くわしたな、と紅茶を口につける。 「……お願いなのですが、あなたからも話して頂けますか?  私一人で喋っているのは、その、お互いの印象を悪くするだけだと思います」 確かに今、この店の中で話しているのは彼女だけだ。 変な目で見られるというなら、話しかけられている私もそう見られるだろう。 「そうですね、とりあえず注文したらいかが?」 「あ、すみませーん。  彼女と同じ物を下さい」 「……………」 「あら、あなたの思った通りに行動したのにそう思われるのは少し悲しいですよ?」 にやりとした笑みを浮かべるさとりを横目に、私は紅茶のおかわりを頼む。 思った通りに行動されて癇に障るのはこれが初めての経験だ。 「それで、私と話してみたかったってどういうこと?」 「深い意味はありませんよ。  ただ吸血鬼の館の人間のメイド、なんて興味をそそられても仕方ないでしょう?」 真っ直ぐ見つめられながらそう言われると、返答に困る。 カップの縁を指でなぞり、気を紛らわせることにする。 「お嬢様に借りがあるのよ、私の一生をかけても返し切れない程の借りが、ね」 「だから吸血鬼に仕えている、と?  およそ人間らしくありませんね、他の種族に借りを返す事を口実にだまし討ちする逸話だって多くあるというのに」 「そうね」 頼んだ紅茶がやってきた。 ポットをウェイターから受け取り、自分で注ぐ。 それを返して、ウェイターが離れるのを確認して。 「私は、人間から一番遠い人間だから」 少しの諦観を込めて、言った。 そこで話が途切れてしまう。 それぞれ紅茶を口につけ、味と香りを愉しむ。 「あなたは…」 一口つけたところでさとりが何か言いかけたが、言葉を止めた。 「雪………?」 視線を追い、外を見ると、雪がちらちらと降っていた。 ふと、ある記憶を思い出し、そのまま胸の奥にそっと仕舞う。 「ふふっ」 後ろから聞こえた声に、はっと我に返る。 「なぁんだ、まだ全然人間らしいじゃないですか、あなた」 そう笑顔で言うと、伝票を2枚持ち立ち上がる。 「心を読んでしまったお詫びです、どうもすみませんでした」 ぺこりと頭を下げ、そのまま会計を済ませて出て行ってしまった。 一人残された私は、さとりの座っていた席へ回り、雪を見ながら2杯の紅茶を飲み干して、店を出た。